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〜コラム・神様のお話〜

テーマ「お伊勢さんと三大神勅」伊勢神宮
西暦では二〇〇五年ですが、皇紀で申しますと二六六五年となります。
「皇紀」は私たち現代人にとってあまり馴染みの無い言葉かもしれませんが、
神武天皇が奈良の橿原宮で即位された年を元年とした我国固有の暦なのです。
そして初代天皇である神武天皇から遡ること五代「天照大御神様
あまてらすおおみかみさま」は
伊勢神宮におまつりされている神様で、親しみをこめて「お伊勢さん」と呼ばれています。

記紀神話によれば天照大御神様は、孫神様のニニギ命を地上にお遣わしになった際、
三つの神勅(方針)を授けられました。
一つは、天皇を国家の中心に据え、日本と共に永久に絶える事の無いよう護持すること
(天壌無窮神勅
てんじょうむきゅうのしんちょく)。
一つは、伊勢神宮に奉斎ほうさいされている神鏡を通じて天照大御神様仰奉をぎり、
我が国の信仰の礎とすること(宝鏡奉斎神勅
ほうきょうほうさいのしんちょく)。
一つは、人々が生きる糧として稲を授け、経済・文化を発展させること
(斎庭稲穂神勅
ゆにわいなほのしんちょく)です。

これらの三大神勅は今から二六〇〇年以上も昔、古代人が日本国を築くにあたって、国家のありかたを考え、
その「方針」を示された事に他なりません。
しかし、よく考えてみると文明の進んだ今日の日本に於いても、これら神勅はその意義を
失っていないことに気づくでしょう。
何故なら、皇統(天皇家)は百二十五代の今上陛下に至まで脈々と続いており、伊勢参りする人も後を断ちません。
もちろん日本人の主食はお米です。

このように三大神勅は、悠久の時を越えて現代でも力強く生き続け、日本国の発展の基礎となっている事は、
大いに誇りとすべき事と存じます。なかでも生命の根源であるお米を授けられた「天照大御神様」を
日本国の総氏神さまと崇め、神棚の中心にお迎えする美風は大切にしたいものです。
家庭に神宮大麻
じんぐうたいま (伊勢の御神札)をおまつりする事は、
先祖代々国を挙げて大切にしてきた間違いの無い事.......なのです。


テーマ「素盞鳴尊を知ろう」
龍尾神社におまつりされている神様を「素盞鳴尊すさのおのみこと」と申します。
この神様は伊勢神宮御鎮座の「天照大御神様
あまてらすおおみかみさま」の弟神にあたる御方で、
記紀神話では大変荒々しく、一方で人間味溢れた魅力的な猛者として語られております。
一般には、その強い御神威にあやかって厄除・災難除けに霊験あらたかな神様として信仰を集めています。
ところで、皆さんは龍尾神社を「お天王さん」と呼んでいるのを聞いたことはありませんか?
不思議な呼び名に「あれっ?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
「天王」とは「牛頭天王
ごずてんのう」という神様の御名前の一部で、古くから
牛頭天王と素盞鳴尊は同じ神様と考えられていたのです。

神話によれば、イザナギ・イザナミ命の間にお生まれになった三柱の貴子のうち、
素盞鳴尊はわがままな乱暴者で、とうとう神様の国から追放されることになってしまいました。
最後のお別れにと、天上に御住いの姉神である天照大御神様の処にやってきた素盞鳴尊は、
そこでも狼藉をはたらいてしまいます。
怒った天照大御神様は穴蔵に隠れてしまい、世界は真っ暗闇。困った天の神様達は苦心の末、
大神様を穴から引っ張り出すことに成功しました。
事件の張本人、素盞鳴尊は散々に罰をうけ、身一つで放り出されたのです。
みすぼらしい身形で放浪する素盞鳴尊は、とある兄弟の村に一夜の宿を求めました。
最初、裕福な「巨旦将来」を訪ねますが相手にされません。
次に貧しい「蘇民将来」を訪ねたところ、心温まる厚遇をうけました。
感激した素盞鳴尊は、蘇民将来に「茅の輪をつくって身に着けよ。
さすれば子孫は疫病を免れるだろう。」とまじないを授けました。
はたして後に疫病がこの村を襲ったとき、巨旦将来をはじめとした村人は皆死に絶えましたが、
蘇民将来の子孫は無事であったという伝説があります。
また、類似した話が、牛頭天王(武塔神)を主人公として伝えられています。

古より親から子へと語り継がれた神話や昔話は、氏神さまの活躍を生き生きと伝えます。
長きにわたり祭られてきた氏神様を「知る」ということは、そのまま地元の信仰を「知る」ことに繋がります。
延いては、あなた自身の祖先の活躍を知る手がかりになるかもしれません。

以外と身近なところに「歴史的浪漫」がころがっていると思いませんか?

テーマ「神棚あれこれ」
「心は形を求め、形は心を進ませる」と云います。
これを普段の生活で具現化することに、先人は知恵をしぼってきました。
アフリカのある民族は常に動物の姿をかたどった装身具を身にまとい、
その力強い生命力を得て病魔や災害からの無事を祈ったと聞きます。
日本人は家族の安全を祈る心を形にしてあらわした場所を家の中に設けました。これが神棚です。

では、その神棚は現代ではどのようにおまつりしたらよいでしょうか。
詳しくは神社にお尋ねいただくとして、ここでは簡単に説明いたします。
まず、神棚をおまつりする方角は「南向き」か「東向き」。太陽が出ている向きと覚えて下さい。
お家のつくりによっても変わるとは思いますが、概ね目線より高い位置で、
北か西の壁に設置すると良いと思います。おまつりする部屋は寝室でもリビングでも構いません。
(トイレやバスルームといった)失礼でない場所であれば、家族の皆様がお祈りしやすい部屋がより適当です。
なによりも気持ちを込めておまつりすることが何よりです。

何か事が起きてからあわてて対処するよりも、まえもって心を引き締め事にあたる方が良いにきまっています。
日々神棚に祈ることは、感謝する謙虚な気持ちを喚起するとともに、安全に対する慢心を毎日引き締めます。
「無事のための予防」、これも神棚まつりの重要な効用かと思います。
さて、神棚についてもう一つ。
家庭で行われる年中行事がめっきり少なくなりました。
この各家々の年中行事には、ご馳走がつきもので、普段めったに食べられない特別な料理は
人々にとって大きな楽しみでした。
しかし誠に贅沢なことですが、今日では食生活が非常に豊かになり、毎日がご馳走です。
その反面、特別な料理もごく日常的な献立となり、年中行事ならではの「楽しみ」にも
鈍感になってしまったように思います。

提案ですが、一家の安全を毎日神棚に手を合わせて祈るごとに、百円のお賽銭をあげてみてはいかがでしょうか?
たとえ百円ずつのお賽銭でも、一年続ければ三万六千五百円となります。
この浄財で氏神様の御神札と
伊勢神宮の御神札(神宮大麻)や正月の縁起物をそろえましても、
ほんの一割で充分です。
残りは御家族の
皆様で一年間の無事を感謝しあう食事会を催せば、すばらしい「御馳走」となることでしょう。

神棚まつりのすすめ 龍尾神社
一、神棚まつりは家庭内に聖なる場所を設けることです
犯してはならない聖域を身近に持つことは、実はとても大切なことです。
神聖なるものに対する敬いや、崇りを恐れる気持ちは、人間の心を謙虚に保ち、慎重な行動を促します。
結果的に重大な犯罪や不幸な事故を免れるのです。

一、神棚まつりは祈る場所を身近にもつことです
「祈りは財産である」とある人は言いました。
祈る場所が身近にあることで、日常の感謝の気持ちや願い事をすぐに神棚に向かって表現できます。
この何気ない祈りの積み重ねが、いざと言う時に神様の助力を得る大きな礎となります。
まさにこつこつと蓄えた「財産」なのです。

一、神棚まつりは家族の絆を深めることです
家族の絆を深めるためには、十分な会話をし、時には手紙やメールなどで意思疎通をはかることが必要です。
さらに神棚に向かって祈る行為は、言葉や文字と同様に家族の絆をいっそう深めます。
絆を確かなものとする方法は、二つよりも三つのほうが安心といえます。

一、神棚まつりは災事を未然に防ぎ、健康を促進します
家の主が神棚の前で、家族の安泰と安全健康を祈ることを繰りかえす行為は、家族に安心感を与えます。
いま多発している家庭での事件、親が子を虐待する、或いは子供が親に暴力をふるう
事件を未然に防ぐことになります。暖かな家庭生活は健康の源です。

神棚の「ある家庭」と「ない家庭」とでは、長い間には安定・安全に大きな差が出てくると思います。

神棚には伊勢神宮の御神札(神宮大麻)を中心として、氏神様また縁ある神社の御神札をおまつりします。

静岡県・掛川市 龍尾神社
龍尾神社 鎮座地:静岡県掛川市下西郷84番地 電話0537-23-0228 FAX0537-23-0229
御祭神 素盞鳴尊 櫛稲田姫尊 八柱御子神 御末社 大己貴尊(疱瘡神社) 倉稲魂尊(稲荷神社)
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